15.10.3 らじらー書き起こし

15.10.3 らじらー
『ピンクとグレー』映画化についてのお話


(✉︎釜山映画祭が開幕されましたねというメール)


シゲ:なんかそうみたいですね。『ピンクとグレー』の釜山…
ゴリ:あっもうできたんだ!
シゲ:もう出来てます!僕もう3週間前くらいかな?見ましたよ。
ゴリ:オチだけ教えて?
シゲ:えっいいの?言っちゃうよ?
いや難しい、これから先もう感想死ぬほど聞かれるんだろうなって思って。どう思いましたって?
ゴリ:一番はあれじゃない?聞きたいのは、原作とどれくらい違っててどれくらい一緒だったのか
シゲ:半分一緒で半分違う
ゴリ:あっなるほど、じゃあ
シゲ:前半半分がいっしょで、だからもうほとんどがオリジナルですよ。オリジナルエピソードが、オリジナルストーリーがついてる感じ。あんまり言うとね、ネタバレになるけど。
ゴリ:じゃあある意味また新しい作品として新鮮に見れたんだ、シゲは
シゲ:…そう!だから前半部分は…なんか…すごい感動したというか、何の感動かはわかんないすよ、すごい泣いてんすけど、俺
ゴリ:うん
シゲ:でもそれは自分の映画が映画、あっ原作が映画になったからなのか、えっ、あの、映画に感動してるのか、なんかわかんないし、何より、俺、だってこの日本、てか世界中で一番『ピンクとグレー』のキャラクターについて考えてると思うんすよ、役者以上にね。だから誰よりも役者に対して、その、役者じゃないや、キャラクターに対して感情移入するから、だからなんか、このね。自分の、例えば面白いとか面白くないとかじゃなくて、良いとか悪いとかじゃなくて、自分の感想って絶っっ対人と違うんすよ。
ゴリ:だろうね
シゲ:だからね、わかんない。人に何て言っていいか。
ゴリ:でも作家ってほんと面白いだろうね。自分がさ、文字にしてさ、文字にしてる時は、シゲの頭の中で、その主人の顔だったり、歩いてる、例えば「雑踏の中を」って言っても、俺が『ピンクとグレー』読みながら想像してる雑踏の街の風景と、シゲが頭の中で想像して書いてる雑踏の風景は絶対違うじゃん。だからシゲの小説読みながら(略)シゲと共有できない脳がさ、第三者が映画化して映像化することによってさ、全員がひとつの絵を脳として共有するわけじゃない。それって感動しない?まあ自分のとは違う部分もあるかもしれないけど、でも、みんながシゲが文字で生み出したものをさ。映像化して具現化してさ、脳の中で共有するって俺結構感動なんだけどね。
シゲ:なるほどね、同じものを見てるからね。だからあ、まあね、よく聞かれるんすよ。あの、どっちが良いですか?と。原作読んでから見たいですか?映画見てから原作読むべきですか?って。映画見たら、それに寄せちゃうんですよね。やっぱ情報強いから映画って。場所もそこ思い浮かべちゃうじゃないですか。だから、もうやっぱり原作読んでほしいし、やっぱ映画はね、こういう言い方すると冷たく聞こえるかもしれないですけど、僕の映画じゃないから。僕が原作の映画だから、映画は僕のものじゃないんすよ。その、スタッフとか、監督とか、主演のものなんですよ。僕はもうただただそれにちょっと力を貸しただけのものでしかないので。あのー、まあ一原作者としては、やっぱり「本」を読んでほしいっていうのが、まあ切な願いっていうんすかねー。ちょっとわがままですけどねー。でもまあ映画もぜひ見てほしいと思います。あのほんとに、予告編でもこれから出ると思うんすけど、開始62分の衝撃って謳ってるんすけど、ほんとに読めない展開。そういう意味では誰でもびっくりする展開が待ってるんで、ぜひぜひ見てほしいなと思います。